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【人気絶頂時になぜ…】伝説的バンドたちの”解散”理由とその背景が悲しい

私たちの日常を彩ってくれる音楽。その音楽を世に生み出してくれるのが多くのバンドの数々!
でも、バンドはやはり人の集まりなのでいかに売れていたバンドであったとしても”解散”という悲しい結果になることも多々あります。

あんなに大人気だったのに解散にいたってしまった気になるバンドの経緯をご紹介しましょう!


JUDY AND MARY

出典:Wikipedeia
ボーカルのYUKIを中心に凄まじい人気を誇っていたJUDY AND MARY(通称:JAM)。
JAMはリーダーであるベースの恩田が作ったバンドでした。
ただ、ギターであるTAKUYAがかなりの野心家であったようで、バンドでの実権をどんどん握って行きました。そして、バンド内でのヒエラルキーが当初とかなり変わってしまったようです。
後のインタビューでは、5thアルバムの製作中に「悪いけどみんなと同じだけの金じゃあやってやれないっすよ」とTAKUYAが発言していたとの発言もありました。
その直後、リーダーの恩田が脱退し、その理由を「TAKUYAひとりでもうできるのでは」としています。
結果、これが解散の直接の理由になったのだとか。

X JAPAN

出典:Twitter
その後のバンドに音楽性、ビジュアルともに多大な影響を与えたX JAPAN。
YOSHIKIを除く他のメンバーは次第にソロ活動を展開していきます。
そしてYOSHIKIが楽曲の相談をメンバーにしても「YOSHIKIがいいなら…」という楽曲に対する熱意があまり感じられない状態へ。
レコーディングも5人揃って行うことも終盤には少なくなっていたようで、結果的にTOSHIが脱退。
ボーカルはTOSHI以外には考えられないということで解散の道を辿ってしまいました。

REBECCA

出典:Twitter
今では女性ボーカルのバンドはたくさん存在しますが、今の日本に女性ボーカルのロックバンドを根付かせたのはREBECCAなのです。
オリコンで3ヶ月間トップを守ったという伝説的な記録を持つ楽曲”フレンズ”で爆発的ヒットを起こし、その地位を築いたのですが、人気絶頂期の1991年に解散。
もともと同じ音楽性を共有していたわけではないようで、「売れるバンド」作りを目標にしていたため、その目標を果たした結果続けていくモチベーションが下がってしまったのではないかとも言われています。

BLANKEY JET CITY

出典:YouTube
いかすバンド天国(通称:イカ天)という番組から有名になったBLANKEY JET CITY。メンバーはギターボーカルの浅井健一、ベースの照井利幸、ドラムの中村達也で構成されていました。
楽曲はほぼ全て浅井が作詞作曲しており、「Saturday Night」などで人気を得ました。
しかし、活動をしていくうちにメンバー間の確執が取りざたされており、ファンの間では浅井と照井の不仲が語られていました。
その中で浅井の興味はどんどんとソロに映ってしまい、結果として解散をする形に。

いかに人気があったバンドだったとはいえ、そこには人間関係が絶えずあり、そこにお金や音楽性の違いという要素も入ってしまうことで”解散”に至るのですね。
好きだったバンドの解散には”もったいない”という感情や”悲しい”という感情を持つファンが多くいることでしょう。
バンドをずっと続けていくということが難しいことはもちろんわかりますが、今活動しているバンドたちには是非今後も頑張って素晴らしい楽曲を届けて行ってほしいものですね!

Amp編集部Amp編集部

【波乱万丈】マギーや秋元才加も!?実は家庭が貧乏だった大活躍の芸能人

今をときめく芸能人のみんさんは、TVや映画などを通して我々には華々しく見えるものです。
しかしその成功を収めている芸能人の方々の中にも、大変な人生を歩んできたからこそ今輝いてる人たちもいるのです!

そんな努力されてきた人たちを今回はご紹介しましょう!


マギー

Maggyさん(@maggymoon)が投稿した写真 -

出典:Instagram
カナダ人の父と日本人の母の間に生まれたモデルのマギーさん。
幼少時代に両親が離婚してしまい、父親に引き取られたようですが、父親の仕事はナレーター・声優・俳優という幅広いジャンルだったようですが、収入が不安定だったことによりかなり貧乏な生活をされていたそうです。

Maggyさん(@maggymoon)が投稿した写真 -

出典:Instagram
弟もいるマギーさんですが、お母さんがいなかったため家ではお母さん役を引き受けていたようで弟さん曰く「家の中ではボスキャラ」と言われるほど絶対に逆らえない存在だったよう。

家は築70年以上の木造でお世辞にも良い家とはいえず、かなり薄い土壁で冬になると隙間風に震えながら過ごしていたとおっしゃっています。食費を抑えるためにおかずはもやしを醤油でいためただけということも多かったようです。

浜田雅功

出典:Twitter
大阪市北区生まれのダウンタウンの浜田さん。
今ではお笑い界の超のつく大物で、幼少期がかなり貧乏だったとはあまり想像できませんよね。浜田さんの父親は大阪万博のソ連館のペンキを請け負うペンキ屋勤めていたそうです。

そんな浜田さんの貧乏エピソードの中には、なんと自宅に毎日借金取がきていたというものもあるから驚き。
浜田さんの家の上の階の床が抜け、上から韓国人の中年夫婦が落ちてきて、幼い浜田さんを抱く母親の方をかすめたというエピソードもあるんだそうです。

幼少期に苦労されたからこそ、その後の頑張りがあったのかもしれませんね。

松本人志

出典:Twitter
続いてはダウンタウンの浜田さんの相方、松本人志さん。
天才と称されることも多く、映画監督としても有名になったこの方も大物として芸能界からも世間からも一目置かれる存在ですよね。

出身は大阪の尼崎。父親が室内装飾や舞台装飾の仕事をされていたそうですが、その家は抜けた床の修理もままならないほどだったそうです。
出典:Twitter
ウィンナーを焼いたものを焼肉と呼んでいたり、自転車を買ってもらえなかったため友達の家まで自転車に乗る真似をして行ったりなどの貧乏エピソードがありますが、今の彼のセンスに通づるものはそういったところにあるのかもしれませんね!
もちろん当時のご本人は辛かったとは思いますが…。

しかし浜田さんとの出会いが彼の才能を引き出し、今ではご存知の通りに!努力も大変されたと思いますが、何よりもその出会いが大事だったのでしょうね。
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